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2度目の引越し

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9月11日。
2ヵ月間住み慣れた(?)St.Georgiを離れ、今日はお引越しの日。
前日はKAORIちゃんANNAちゃんたちとFOOTROOSEでALLしてしまい、寝不足のまま引越しの準備。チェックアウトは11時からだからそれまでは部屋にいられるんだけど、あまりに荷物がすごい。(主に食材)
スーツケース一個、バックパック1つ、ダンボールいっぱいの食材、ダイヴィング用のメッシュバックの中に入りきらなかった服等ぎっしり。そして3日前に買ってしまった2リットルウォーター5本。(悩んだんだけど安かったんだもの)etcetc…。

当てにしていた友人たちはゴゾ島へ泊まりで行ってしまい、この大荷物を抱えて一人で運ばなくてはいけない。『何とかなるわ!』と気合を入れなおしたらANNAちゃんが手伝いに来てくれた。ちょうど二ヶ月前このSt.Georgiに引っ越してきたときも彼女が助けてくれた。

ありがとう!!!!一緒にALLしたのにきてくれて!持つべきものは友!!!。3階からよたよたと荷物を運び、レセプションでTAXIを呼びに行く間、ANNAちゃんに荷物を見てもらい、何とかすべて運び終わったところで念のため、大家さんに
「今日からお世話になります」と電話をしたら、
「すぐに迎えに行ってやる!」とのこと。
本気で助かった!前日にもホストファミリーに「引っ越します」と連絡したら
「足が必要ならすぐに行くからね!」と言われ、つくづく私はこのMALTAでは人間関係恵まれてるなあ。と感じた。ほんとに大家さんが迎えに来てくれて、一路、新しいおうちへ!場所はSt.Julianの静かな住宅街。あのうるさかったパーチャビルとはぜんぜん違う!
なぜこの部屋を見つけたかと言うと、ちょうど1月半前にSt.Georgiの別の部屋でパーティーがあり、そこで知り合った日本人のMAYUMIちゃんが「ひょっとしたら私のいるFLATの下の部屋が空くかもしれないよ」と教えてくれて翌日直接大家さんに交渉しに行ったのだ。

大家さんは、おじいちゃんとおばあちゃんの二人。
最初の話だと、部屋は残念ながら空いていないけど、ひとり支払いのだらしのないエジプト人がいるからその人と交渉して出てってもらいたいからその後、入っていい。と言う話だったんだけど、大家さん自身があまりに人がいいので結局追い出せなく、私がこまっいていたら
大家さんの自宅の3階が9月の最初に空くから、もしそこでいいなら引っ越しておいで。と言うことになった。
最初は考えた。だって大家さんの家に住むと言うことはまるでホームステイと変わらないし、いくら部屋にキッチン、シャワー、トイレがあるとはいえ、玄関は一緒なので友達が呼びにくい。
でも、そのうちFLATに空きができたらいつでもそこに移っていいよ。と言うことになったので
それになんか部屋を一生懸命探すのも面倒くさくてここに落ち着いた。
大家さんのジョージとドリス。二人とも本当にやさしくて特にジョージは大工さんと言うこともあり
私が前は電動工具のMAKITAに勤めていたと言ったら「MAKITA製品はすばらしい!!」と大絶賛。そんな感じでとても気に入ってもらえて、私はここに移ることができた。
しょっちゅう嫁に行った娘さんが子供つれて遊びに来てて(まるでうちみたいだ)消防士の一人息子のジョゼフもとても感じがよく、二回の部屋には本当にホームステイの生徒たちも住んでいて英語を勉強する環境にはとても恵まれたところだ。
部屋に荷物を置いて洋服ダンスに服をしまい、食材も棚において一息つく。
小さな一部屋だけど今日からここが私のうちになる。大きなベランダからは教会が見えて、15分ごとに鐘が鳴る。
きれいとは決していえないけど、それでも、大家さんが私のために用意してくれた、ベッドカバーやテーブルクロス等の小物がかわいくて、私はいっぺんに気にいった。
そして嬉しい??ことに晩御飯もご馳走してくれた。
これからどんな生活が始まるのかすごいどきどきする。
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by papaya_mango | 2005-09-12 19:52 | MALTA滞在

ナゾの轍カートラッツ

MALTAは本当に小さい島の癖に数多くのミステリースポットがある。
その中のひとつに『カートラッツ』と呼ばれるナゾのわだちがある。
いつの時代に誰が刻んだのかわからないけど、石灰岩の大地に車輪のあとのような溝が刻まれている。
前から行ってみたかったけれどチャンスがなくなかなかいけないでいたらちょうど学校の友達の二人同名のMIYUKIちゃんも行きたいといということで、そんならみんなでお弁当でも作って、ついでにその先にあるデングリクリフ(という地名の絶景の海岸線)までPICNICに行こうということになった。
私は2時半まで学校があるのでMIYUKIちゃんととびちゃんとがお弁当を作ってくれて行くことになった。(ありがとう)

当日、その話を聞いたANNNAちゃんとKAORIちゃんも行きたいということになり、MIYUKIちゃん、とびちゃん、KAORIちゃん、ANNAちゃん、ボーイフレンドのMARCOS、そして私の合計7人の大人数で出発。

お弁当はおにぎりとサンドイッチ。
VALLTTAから81番のバスでカートラッツへ。

バスを降りてしばらく歩くと本当にあった。ナゾのわだち、カートラッツ。ほんとに太古の不思議を感じる。


KAORIちゃんが言うにはMALTAがムー大陸だったのではないかという証拠の痕跡らしい。
本当にこのわだちは全て海に向かっていて同じものがシチリアにも北アフリカにもあるらしい。
ていうことは、このわだちを作ったときは確かに大陸が陸続きだったということなんだ。
本当にミステリー。『世界不思議発見』でも取り上げられたことがあるらしい。
しばらくカートラッツを探索してデングリクリフに向かう。
結構な道のりだった。40分近くは歩いたかな?

日もだいぶ傾き、壮大な地中海の海を眺めながらおにぎりを貪り食う。
やはり日本人。地中海の夕日を眺めながら食べたおにぎりは本当に格別の味がした。

またやりたいね。
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by papaya_mango | 2005-09-05 19:39 | MALTA観光

イタリア満喫最終日

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9月3日。最終日。
飛行機はローマからで7時50分だから6時くらいまでには空港に着きたい。
早めにチェックアウトしてナポリ中央駅に荷物を預け、半日観光して12時半くらいの電車で(もちろんローカル)ローマに帰る。
最初はスパッカナポリの朝市に行くことにした。
明るいと、さほど怖くないけどやはり、昨日とびちゃんもピックポケットに遭っていることから気を引き締めて歩く。すごい人。
つうか、魚買いたい!!すごいうまそう!!
MALTAに着て3ヶ月こんなに魚が好きなのに高くて買えないせいで、満足に魚を食べていない私。下町のこういう雰囲気って何ツーか生きてる感じがするなあ。
なんて感じながら次は歩いて『ドゥーモ』に向かった。
ここは、年に二回「奇跡が起こる」という不思議な寺院。
年に二回ここに収められている聖人サン・ジェンナーの血液が液体に代わるという。5月と9月の19日の二回。
19日といえばもうすぐ。きっとすごい人で溢れかえるんだろうなあと広い寺院内をしばし探索。

最後は『○き方』に載っていた『ダ・ミケーレ』で最後のPIZZAを食べてローマに帰ることにする。この店は、メニューはマルゲリータとマリアーナの二種類だけでかなり職人気質の店っぽかった。でも、いつもは満席でかなり待つらしいが11時オープンで着いたのが11時半ごろだったのでそれでも10分くらい待って入った。

最後のマルゲリータ。

もちろん半分こ。もちろん水なし。(ううう。本当に貧乏くさい)おととい食べたとこと比べたけど、どちらもおいしい。
つうか、ここでピザのハズレはないんだろうなあ。
今度はちゃんと切符を買って(€10)電車に乗る。
行きは本当に悔しかったなあ。
ローマに着いて空港行きのはまだ一時間以上ある!
最後の最後で忘れていた!ティラミス食べてないわ!イタリアなのに。
探しまくるが駅にはしゃれたカフェなんて見つからず、あきらめて空港行きの29番線へむかった。
この29番線だけすごいへんぴなとこにあって、20分くらい駅の構内を歩き到着。入り口に切符売り場があるので買おうとすると€11といわれた。「ローカルで!」と伝えても、ここは€11しかないという。でも駅の入り口の切符売り場なら9といわれ、電車の中で買うと€25といわれた。本とわからん、イタリアの切符の買い方。

何で場所で料金が違うのじゃ!仕方ないから来た道を20分かけてまた戻って€9の切符を買い空港へ向かった。

疲れた。でもやはり旅は楽しい。
お土産はミケランジェロの絵葉書と、ローマ法王の切手。
(後日とびちゃんからリモンチェッロとリモンチェッロのあめをもらった。ありがと!!!!!!)

使ったお金は飛行機代115Lm。€270、ホテル代約11000円。以上。
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by papaya_mango | 2005-09-03 19:31 | イタリア旅行記

ポンペイ

9月2日。今日はポンペイ、エルコラーノに向かう。
ポンペイは昔々中学生のときに英語の教科書、(New Horizon)で読んだ2000年近く前に火山の噴火で埋まってしまった町。
中学生のとき、この話を英語で習った記憶があるが、それがイタリアの町とは当時の私は知らなかった。
ナポリから周遊鉄道で『何とかミステリ駅』で下車。
中に入ると噴火により一瞬にして時を止めてしまったポンペイの町が2000以上も前の遺跡とは思えないくらいにしっかりと原形をとどめて広がっていた。

すごい!だが、広い。広すぎる。

10時くらいについてとにかくまあ、いわゆる名所をめぐってもゆうに4時間は軽く経ってしまった。
いろんな遺跡があって、一番印象に残ったのは『Casa dei Vetti~ベッティさんの家~』の入り口に描かれてあった、生殖の神プリアポリスの絵。でかすぎる。(ナニが)あまりにも誇示しすぎである。

最後は円形闘技場のほうまで歩いたので、そのまま新市街のほうへ行くことにした。
ミステリ駅の方から入ったのでかなりこちらは寂れている感じがした。
そのまま新市街のほう駅から今度はエルコラーノに向かう。
『エルコラーノの町』もポンペイと同じく火山の噴火によって埋まってしまった町。今回鉄道で『カンパーニャアルテカード3日券』を購入しているので名所、遺跡が2箇所ただなのだ。もちろん鉄道もただ。(見せてないけど)
このカードはかなりお得だと思う。(たぶん)

さて、エルコラーノの町に着いた私たち。
駅から海のほうへ延々と下り(帰りがいやだわ。と感じつつ)エルコラーノの遺跡に到着。規模はポンペイに比べればかなり小さいけど、かなりいい状態で発掘されていて、(何でもポンペイは火山灰で埋まってしまったのに対し、エルコラーノは溶岩流によって埋まったために木材等がそのまま残っていたらしい。)
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私的にはポンペイよりも帰ってこちらのほうが楽しめた。
なんていってもモザイク模様の装飾がそのまま残されていてとても美しくて女の子はきっとこちらの方のが楽しめると思った。観光客も4時過ぎているせいか、あまりおらず、しばし古代の文化に思いをはせることができた。
5時過ぎにエルコラーノを出て、今日はLAST NIGHT。
ちょっと位贅沢してリストランテなんて行っちゃう?てなことになり、ナポリから再びサンタルチア方面に向かった。トラムに乗った。
王宮とヌオーヴォ城が見たかったので、カプリ島に行ったときのフェリー乗り場の近くで降りることにした。私はとびちゃんに背を向けて手すりにつかまっていたが(もちろん左手ではウエストポーチのファスナーを握り締めている)
一人の男が私のそばに立った。なんか見られてる感じがしたんだけど、色の濃いグラサンしてるからよくわからん。(なんかヤナ感じだな)と思いつつ目的地になったので下車。降りたらとびちゃんが
「ピックポケットにあった」というので「ええっ?!」
と驚いて状況を聞くと、とびちゃんの後ろにも男がぴったりとくっついていて、なんか背中がおかしいと思って(とびちゃんはリュックをしょっている)振り向くと、後ろにいた男は何もしてません!という風に両手を手すりに伸ばしてアピールしたらしい。でもとびちゃんの目の前に座っていた男の子がちらちらととびちゃんを見ていたので(おかしい)と思ったらしい。で、今リュックを確認したらリュックのポケットがぱっくりと開いていた。
もちろんとびちゃんはポシェットも斜めがけにして持っていて貴重品はすべてそちらに入れていたので被害はなかったけど、本当にすりがあるんだ、と実感してしまった。私の前にいた男は
ひょっとしたら私の後ろのとびちゃんを見ていて(ああ、やられてるなあ)と見ていたのかなあ。なんにせよ、ナポリはやはりピザとスリの街だと再実感してしまいました。

最後ご飯はサンタルチアの海岸沿いのリストランテで。
おととい行ったとことは違う店に(隣の赤いパラソルの店)入ったけど、おとといはいった店のが断然感じがよかった。
でも、最後に食べた『スパゲッティ アラ フルッタ デ マーレ~魚介のパスタ』は絶品でした。やはり魚はうまい!!あと、普段は赤派の私もここではずっと白ワインでした。

満足。満腹。
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by papaya_mango | 2005-09-02 19:24 | イタリア旅行記

地下ナポリ

さて、私の暴走のせいで違う港についてしまった私たちはとにかく6時までに『地下ナポリ』に着かなくてはいけなかった。
朝と同じベヴェレッロ港なら歩いて20分くらいの距離だけどとりあえず地下鉄に乗ってPIAZZA CAVOUR駅まで行く。

『地下ナポリ』は『NAPOLI SOTTERRANEA』という名前の、紀元前ギリシャ人によって今のスパッカナポリの地下に『ネアポリス=新しい都市』という名前で構築されたもの。
知らなければ知らないままだったこの『地下ナポリ』は今回南イタリアに行くにあたって、私のMALTAでの生活をサポートしてくれている留学斡旋会社のI田さんが「南イタリアに行くならぜひここを見てきてください」
と、強くお勧めしてくれたところ。自分は行ったことがないけど、まだどこのガイドブックにも紹介されていない、今から脚光を浴びるところです。ということだった。(だがしかし!!なんと今年版の「地球の○き方」にコラムとして紹介されていた。さすが○き方!)
なぜ6時までに着きたいかと言うと、とにかく地下にクモの目状に地下都市が広がっているため、ガイド付でないと周れず、その公開時間も12時、2時、4時、6時の4回のみだったのだ。
頼めば日本語のガイドも付くそうだけど、割高なのでやめた。
恐ろしげな街中を(だんだん暗くなってくるし、この辺はいわゆる裏通りなので、正直汚いし、女の子が歩くには慣れないとかなり怖い感じがする)
さ迷い、ようやく到着。6時ちょっとすぎてたけど、明らかに観光名所でないと思われる地下ナポリは見学希望は私たちだけで、すぐに見学は始まる。
どこまで続く?という階段をどんどん下りて行き、上の喧騒とはまったくかけ離れた地下都市はそこにあった。気温は年中変わらないのでノースリーブの私はいきなり寒くて震えてくる。
こんなだだっ広いとこそりゃガイドつきじゃないと帰ってこれんわ。と思った。紀元前からあるこの地下都市は時には古代ナポリの人々の憩いの場であったり、世界大戦のときは核シェルターとしてナポリの人たちの避難場所にもなった。

壁に落書きされた爆弾の絵や『お母さんに会いたい』というようなメッセージは見ていて心が痛くなった。
今は、この地下都市の存続とこの空間を何かに利用できないかといろんな人たちが論議しているらしい。何しろ私の語学力ではもっとガイドのお兄ちゃんは深い話をしてくれたと思うけどこのくらいしか理解できなかったのがやはり悔しい。
(それももしかしたら間違って聞いているかもしれない)
最後はちょっと上段にある部屋で保管されているワインを試飲させてくれて(うまい!!!!!)今度は外に出て近所の普通のうちの中に入り、その家のベットの下がこれまた隠し扉になっていて、この地下都市に続いているのを見せてくれたし実に内容の濃い2時間だった。
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感想としては男の人のほうがここはより楽しめる観光場所かもしれない。でもカプリ島でぼろぼろに疲れている私でも行ってよかったと思える場所だった。
ありがとう。I田さん!教えてくれて。
もう時間は8時。『○き方』にこの場所から近いところにおいしいPIZZERIAの店があると書いてあったので本を見ながら向かう。だが気づかずそのままドゥーモ通りに出てしまった。
「あり~????」おかしい。でもこの来た恐ろしげな道を戻るのはどうもできない。
でも、すぐそこに一軒のPIZZERIAの店を見つけて、きっとナポリなら外れはないよ!
とその店に入る。注文したのはもちろんマルゲリータ!€2.3位だったかな?安い!!
もちろん半分こ。みんななんであんなにでかいのを一人ひとつ食えるんだろう。
MALTAで胃袋がでかくなった私でもいまだにピザは一人でひとつは食べれない。
ハズレじゃなかった!うまかった。ちょっと普通に感動してしまった。

次にもしまたナポリにきたらまた行きたい店のひとつになりました。
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by papaya_mango | 2005-09-01 19:16 | イタリア旅行記

カプリ島にて。

9月1日。防災の日。
今日も早起きしてバスでベヴェレッロ港へ向かう。午前中に青の洞窟は見たほうのがきれいというので9時までにはカプリ島に着きたい。ケチらず高速フェリーのチケットを買った。€12。
ここからフェリーで約45分。乗ったとたんに三日目の疲れの性で二人とも爆睡こいてしまう。

ロンドン在住のMALTAで知り合った日本人TERUMIちゃん情報によると31日は波が荒く青の洞窟には入れなかったそうだ。今日はどうだろう??天気はすごくいいけど。
寝てたからあっという間にカプリ島到着。リゾートだわ。マリーナグランデ港に到着してさて、どうしよう。
『青の洞窟』だけ行ってさっさと帰ってくるか(安い)折角来たのだから島を一周ぐるっと周って洞窟に行くか。(高い)どこまでも金勘定する名古屋の女。

いつもは「ボンバーの好きなほうでいいよ~」というとびちゃんだったが、ここだけは「高いほうにしよう」と言い、島一周コースにした。
もちろん今日は洞窟に入れる!やった!!
とびちゃんは本当にここが一番楽しみだったんだなあ。と実感。私も負けず劣らず楽しみだったはずなのになぜか力が出ない。どうやら連日のハードウォーキングで自分が思ってる以上に体が疲れているらしい。

島一周はまず、『青の洞窟』とは反対側から各名所を回り、最後に『青の洞窟』にたどり着く。
できれば最初に回りたかった。だって今から1時間もかけて周ったら、何のために観光客が押し寄せる前に着いたか意味がなくなるから。「なんだ~」と、ぶーたれても船は洞窟とは反対方向に進む。でも、それでもカプリ島の見所は『青の洞窟』ばかりじゃないぞ。といわんばかりのすばらしい景観に大満足。
特にすごかったのは『天然のアーチ』といわれる弓形の岩でできたトンネル。
下からではなく、上から見たらもっとすごいんだろうなあと感動。
後は『オレンジの洞窟』『エメラルドの洞窟』を回って、いよいよ大本命『青の洞窟』へ。
もうすでに洞窟町の船で入り口は大渋滞だった。待つこと30分、ようやく番が来た。
TERUMIの友達なら入場料は要らない。とボートのお兄ちゃんに言われて(ありがとう!TERUMIちゃん!)船の中ねっころがって中に潜入!
中に入ったらボートのおいちゃんたちがカンツオーネの真骨頂『帰れソレントへ』を熱唱。カンツオーネの低い歌声が洞窟の中にこだまして、と言うか『青の洞窟』本当に青い。生半可な中途半端な青じゃない。目が痛くなるほど青く美しい。
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歌が終わるとそのまままた外へ出るから中にいられる時間なんて正味5分もないかもしれない。でも十分に堪能できた。

外に出てありがとうと元の船に移ろうとしたら、ボートのおいちゃんがチップを要求。まあ、ただで入たから€5位出そうとしたら€20も要求された。ちょっと待て。
ただより高いじゃん。でも、仕方がないので€20払って船に戻ったらTERUMIちゃんの友人だからただでいいよ。と言ってくれたダニエラというお兄ちゃんが来て私たちが€20もチップでとられた。
と言ったら「やられたね。」と言われた。ここでもだまされた。ちくしょう。
その後マリーナグランデに戻りバスでアナカプリへ向かう。その後はカプリへ。

おなかは減っていたけどそれ以上に暑さと体力的な問題で私はかなり参ってしまった。
どこかでお茶する?となっても頭が働かずぐずぐずしてしまう。
ようやくすっぱくて冷たいリモーネを飲んで生き返る。リモーネは本当においしい!!!!
後、カプリ島の家はいたるところかわいらしいタイルでデコレーションしているので見ていても楽しい。
私が単なる観光旅行者だったら(いや、単なる観光旅行者だけど)リモンチェッロをお土産に買いたかったけど、買ったところでかわいい容器は日本に持って帰れるわけではないし(リモンチェッロは甘いレモンのリキュール)結局カプリでは何も買わずに帰ることにした。

この後、ナポリにも戻ってもう一箇所いく予定があった。スパッカナポリのまんなかにある『地下ナポリ』古代ローマ時代に」作られた地下都市。ガイドつきのみの公開でいけるのなら6時からの公開時間に間に合わせたい。
帰りは普通フェリーにしようとチケット売り場に行ったら普通フェリーの次の時刻は7時過ぎ。あきらめた。
時間を見たら4時8分。今なら4時10分のフェリーに間に合う。疲れているはずなのに乗りたい一心で大ダッシュ!
火事場の底力を見せ、何とか10分初のフェリーに乗れた。しかしよくよく考えてみると行き€12できたのになぜか€13払っていた。なんでだ??と、納得いかなかったがまたもや爆睡。あっという間に港に着いた。
ついて景色を見ると行きとは明らかに港が違う。そうなのだ、違う港のフェリーに乗ってしまったのだ。だから料金も違ってたのだ。思考が働いてないくせに暴走するからこうなるのね。と、とことん反省。

ごめんね、とびちゃん。
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by papaya_mango | 2005-09-01 19:00 | イタリア旅行記

何が起きてもマイペンライな島プーケットから今日も海に陸に忙しく発信中 。


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